2025/05/15

警視庁情報官 トリックスター(濱嘉之)

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詐欺集団に「黒ちゃん」こと黒木警視以下警視庁総務部情報室が挑むシリーズ第3弾。

今回も、公安マンたちの地道な情報収集と分析によって膨大な情報が見事につながり、政治家あり、宗教団体あり、暴力団あり、新興企業ありの、日本社会の暗部が絡まり合って甘い汁を吸う構図が浮かび上がってくる。

しかし、詐欺集団を追っているうちに、先鋭的な宗教団体のとんでもない計画が明らかに。そこで黒ちゃんが謀る一網打尽の検挙計画が笑える。「事件が起きた時点で敗北」の公安らしからぬ手法であり、現実には警察トップが許すとは思えないが。

宗教団体の内部事情、団体間の対立関係と暴力団の関係など、情報は今回も超一級の面白さである。

なお、このシリーズに出てくる人物や団体のほとんどに現実のモデルがあるのだが(今回は森喜朗・田母神俊雄・もはやレギュラーの統一教会と創価学会・アパホテルあたりか)、「研鑽教会」だけはモデルがわからない。知っている人がいたらコメントで教えてください。

2025/05/14

草枕(夏目漱石)

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智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
有名なこの一節で始まる夏目漱石の小説がこの「草枕」だ。

画家の主人公が、「非人情」をしに写生旅行に出かける。
そこで温泉宿で女主人と出会う、自然や芸術について思索する、出かけて地元の人と交流を深める。
それで流してしまえば「ふーん」で終わってしまうのだが…。

見どころはまず、主人公の行動や思索、そして女主人との対話として描かれる漱石の芸術論。 
日常を離れた「非人情」の中で、思索にふける。漢詩を吟じる。世界の美術や文学を語る。
それを大切にする在り様だろう。

「非人情」というのは、別に人倫にもとることをするという意味ではなく、人間がたくさんいる都市から離れて非日常的な世界に行く、さらに言えば少しだけ逃避する、程度の意味で捉えている。
突っ込み出したらいろいろな解釈ができるのだろうけど。

もう一つの見どころは、主人公と女主人の「恋愛譚」。
漱石は 東京帝大の教壇で'I love you.'を「月がきれいですね」と訳すよう指導したという。
そんな彼にとって、二人の語らいは恋愛を通り越してもはや官能的とすらいえるのではないかと思う。

2025/05/13

鳴かずのカッコウ(手島龍一)

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公安調査庁が繰り広げる地味だが平和な社会を根底から支える国際諜報戦(まさに、「調査」!)を描いたインテリジェンス小説。

大学では漫研でひたすらペンでマンガを描き、安定した公務員を目指していた梶壮太。
なぜか公安調査庁に入庁し、神戸で外国の有害行為を追いかける部署に配属されてしまった。
あまりパッとせず、潜入調査をすれば公安にバレてつるし上げられる…、失敗続きで周りの誰もが次は左遷だと思われていたが、彼の上司は決して手放さなかった。

梶は地道に情報を集めて分析する能力に長け、北朝鮮のミサイル密輸を突き止める功績を挙げていた。また、カメラアイの持ち主であり、ジョギング中に日本の会社による有害行為の端緒をつかんでいた。なにより上司が買っていたのがその地味さだった。
KGB時代のプーチンがそうであったように、インテリジェンスの世界では、目立たないことは価値なのだ。

そして趣味のマンガもヒューミントに活かしながら、気がつけば神戸を舞台とする国際諜報戦の最前線に立っていた…。

公安調査庁は、あくまで調査レポートを書いて内閣に報告することが任務。尾行や、調査対象との接触や潜入はするが、決して力に訴えることはない。自ら摘発もしない。
だから、アクションの描写はほとんどない。
そんな公安調査庁の活動の描写にリアリティを感じる。
NHKの記者としてインテリジェンス・コミュニティに入った手嶋龍一の、長年の取材の成果が結実したのだろう。

また、手嶋龍一あるあるだが、舞台の一つにウクライナが選ばれている。
ウクライナという国が、いかに世界の謀略の要衝となっているか、現在の情勢を見るにつけ考えさせられる。

最後に、「鳴かずのカッコウ」とは何のことか?
梶が巻き込まれた諜報戦の調査レポートと彼のキャリアの行方は?
どんでん返しにも目が離せない。

2025/05/12

吾輩は猫である(夏目漱石)

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旧制中学の英文教師(『リードル』という)苦沙弥先生。
西洋文明に染まりその伝道師になった、「知識人」という名の明治の上級国民の成れの果て、そんな表現もできるだろう。
苦沙弥先生の飼い猫の目を通し、その連中の生態を皮肉たっぷりに込めて面白おかしく描いている。
職業といい病歴といい、苦沙弥先生には漱石自身が投影されている。余裕派、高踏派の面目躍如といえよう。

しかし、当時の学生は本当に猫を鍋で煮て食っていたのだろうか?

2025/05/11

炎熱商人(深田祐介)



JALの社員から小説家に転じた深田祐介が亡くなってもう10年以上経った。
炎熱商人は彼が直木賞を受賞した出世作である。
約40年前にNHKでドラマ化され、ラストシーンがかすかに記憶に残っていた。

高度成長期の日本で木材需要が急増し、中堅商社がフィリピン、ルソン島のラワン材の新規取引に走る。
人格者の支店長、変わり者の次長、ぼんぼんの出向社員、イケメン現地社員、そして現地の人々が、心に残る戦争の傷、商習慣の違いに翻弄されながらも、徐々にフィリピン社会に根付いて商売を花開かせていく様子に感情移入してしまう。

イケメン現地社員は日比混血で占領下のマニラで日本人学校に通っていた設定。
随所に織り交ぜられる戦時中の回想、そしてなぜ彼が日本の商社で働く道を選んだのかも読ませるものがある。

しかし、世界経済の荒波には抗しきれず、現地の人々とトラブルが発生する。それがドラマで劇的に描かれたラストの伏線となる。

かつて、商社の採用面接で「炎熱商人を読んだことはあるか?」と聞かれたことがあるという。都市伝説かもしれない。
しかし、この小説を読めば都市伝説ではなく、本当にそんな質問があったのではないかと思わされてしまう。

2024/01/21

ケーキの切れない非行少年たち(宮口幸治)


著者は長年小児の発達障害外来や少年院の矯正医官を勤め、非行少年と接する機会が多かった。その経験から、非行少年の認知能力の実態や認知能力と再犯との関係の考察、そして非行少年の真の更生に向けた提言がなされている。

医師として非行少年と面接すると、彼らは普通の態度で接してくれるという。しかし、よくよく話を聞いたり検査すると、驚くべきことが明らかになる。

  • 「ケーキを1/3に分割してください」と指示してもうまく分割できない。
    カバーの絵は彼らの回答例である。

さらに衝撃的な事実が続く。

  • 漢字が読めない。文章を読んで意味を理解ができない。
    だから、矯正教育の一環として被害者の手記を読んでも理解できない。

  • 凶悪事件を起こした少年に自己イメージを聞くと「優しい」と答える。
    自分の状況を全く理解できていないのである。
    こうなると、反省以前になる。

その原因を深掘りすると、見る・聞く・想像するといった認知機能の弱さ、感情のコントロール力の弱さ、融通の利かなさ、対人スキルの弱さ、身体の極端な不器用さといった点で極端な特性を持っていることが多いという。著者は、それが学校や親から知的障害として認識されないまま、適切な保護や指導を受けなかった子どもが、犯罪を起こすことにに追いやられることを警告している。また、実際そう思われる事例を見てきている。

著者は、その他の調査データを踏まえ、認知機能を鍛えるトレーニングを開発し、医療少年院でも実践し、効果を上げてきたという。これを学校教育に取り入れ、困っている子どもの早期発見と支援につなげることを提言している。 

感想。
まず、非行少年の認知と認識、とりわけ自分は優しいという自己認識に衝撃を受けた。
認知機能の低さが非行につながる、認知機能を上げれば改善するという著者の主張については、学問的な裏付けはこれからという点は否めない。しかし、現場の先生がコグトレを取り入れる動きがあるようだ。今後その効果が検証・共有されるだろう。効果があるとわかれば、この方法で困っている子どもに支援が広がっていくことを願っている。

2021/08/18

栗山大膳(森鴎外)

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江戸時代前期、福岡藩黒田家で起きたお家騒動(黒田騒動)の起こりと顛末を取り上げた短編小説。黒田騒動は江戸時代の三大お家騒動(あと2つは伊達騒動・加賀騒動)の一つ。

江戸時代には黒田騒動を扱った歌舞伎がいくつも作られたというが、現代では栗山大膳、何それ、おいしいの?という反応も無理からぬところと思われるので、騒動のさわりだけを記しておきたい。

黒田長政は関ヶ原の戦いにおける軍功から幕府より福岡五十万石の所領を与えられ、家来の栗山利安と強い信頼関係で結ばれていた。

しかし、長政の息子忠之は素行に難があった。贅沢を好み、お気に入りの小姓倉八十太夫を取り立て、やがて十太夫一派が藩内で悪しき権勢を振るい始める。栗山大膳(利安の息子)をはじめ忠臣たちが諫言すると忠之は彼らを遠ざける。ついに大膳が忠之への伺候を取りやめ、緊張が最高潮に達したとき、大膳が捨て身の行動に出て、ここに幕府が介入するお家騒動に発展する。ここまではよくありそうな話だが、経過と顛末は読んでみてのお楽しみ。

事実を簡潔に淡々と記す短編というスタイルに鴎外の風合いを感じる。福岡藩士が籠城を計画する場面では、藩士の配置を一人ずつ実名で記録するかのような箇所がある一方で(ここは唯一しつこさを感じた)、筋書きは何箇所か史実と異なるらしい。