2025/07/04

警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之)

警視庁公安部のホープその名も青山望が、異なる部署で活躍する同期の絆を武器に、日本の裏社会と対峙するシリーズ第一弾。

財務大臣梅沢富士雄が、地元福岡にあるホテルのバンケットホールのこけら落としパーティーで刺殺された。犯人は逃げる素振りも見せずその場で逮捕。しかし、現職の大臣が厳重な警備体制の真ん中で暗殺される事態に、警備に当たった福岡県警と警視庁SPの面目は丸つぶれとなった。
しかも犯人は取り調べに完全黙秘。指紋も写真も警察のデータにヒットせず、氏名不詳のまま起訴された。

警察庁長官はこれを警察の威信を揺るがす事態と考え、警視庁刑事部と公安部に捜査を指示、公安部公安総務課の青山警部に背後関係の捜査が下命された。青山は、事件指導班の古参から警視庁管内の公務執行妨害事件で完全黙秘を貫いた男のことを聞き、その追跡記録に当時解明できなかった裏社会の闇を見出す。

ここから、公安・組織犯罪対策・刑事に散らばる同期4人のカルテットが情報交換しつつ、日本の裏社会が蠢く事件の背景に迫っていく。しかし、同期カルテットはあくまで警視庁の、各部の一員として動く。上司に適切に報告するし信頼も篤い。組織を壊すようなスタンドプレーもしない。そのような組織捜査によって裏社会のつながりと犯罪事実が次々と暴かれるプロセスがリアルで非常に面白い。また、強制捜査後の取調シーンも見物。じっくり味わいたい(朗読するのもよいw)。

同じ著者のシリーズに「警視庁情報官」がある。どちらも警察捜査の実態をリアルに描写し、事件の背景に実話と思しきエピソードをモデルがわかるように潜らせている。警視庁情報官シリーズは主人公の黒田が特に目立ちそのプライベートもストーリーの重要な一部をなすが、本シリーズは同期4人の事件捜査ぶりを柱に据え、警察組織や人事、組織間の微妙な関係を絡めてストーリーが動く。警視庁情報官シリーズとは違う角度から警察を眺める面白さを味わえる。

2025/06/27

警視庁情報官 ノースブリザード(濱嘉之)

警視庁情報室のトップとして数々の公安・外事事件を解決してきた黒田室長シリーズの最終章。

第一次トランプ政権の時代、トランプとロケットマンこと金正恩はお互いを罵り合い、世界は半ば呆れ、半ば固唾を飲んで見守っていた。

その頃黒田は北朝鮮が少し前からラジオで日本に向けた暗号放送を再開していたことを気にかけていた。
このことは、北朝鮮が日本に潜伏する工作員に対して指示を出していることを意味するからだ。
そして、金正恩の叔父の張成沢が粛清されてから、工作員の亡命が増えていたことにも気づいていた。

ここから、黒田のヒューミントが始まる。
北海道出身で息子に地盤を譲った大物代議士、かねてからのロシアの情報源だったロシア通商代表部のロジオノフ、モサドで出世した旧友クロアッハらと濃密な情報交換をする。
また、情報室のメンバーのよるシギントでも、四井重工や金沢島造船に中国・ロシア・北朝鮮からハッキングの痕跡が見つかり、その元をたどると驚くべきハニートラップの実態が判明する(ここでチラつく女性代議士はおそらく辻元清美だろう)。
さらに、黒田が万世橋署長時代に尾行した人間や、行きつけの飲み屋で聞いた情報も意外な展開を見せる。
こうして、黒田と情報室は、今回も日本を狙うスパイ網の姿を浮かび上がらせる。

残念ながら、この最終章は、小説としての面白さをそれほど感じられなかった。
それとなく語られる裏情報は今回も豊富で、それはそれで楽しめる。
しかし、限られたページ数にこういった情報や、黒田の後輩へのメッセージの語りがぎっしり詰め込まれてしまった。結果、数々の情報とエピソードがバラバラに存在する印象が強くなった。
事件捜査も偶然によって重要な展開がもたらされる場面が多くなり、ストーリー性が弱い感が否めない。
シリーズ最終章なので、シリーズ全体の感想。
各巻の事件設定や、その中で語られる情報には、現実の「モデル」が想像しやすいものが多く、そこは毎回楽しめる。
しかし、毎回出てくる国内政治談義は、あまりにもナイーブな安倍晋三礼賛で、いささか鼻白んだ。警察、それも公安なら岸信介から安倍晋太郎、晋三へと連綿と続いてきた統一協会(このシリーズでは世界平和教)との黒い関係を知らないはずがないだろう。しかし、一言も出てこない。それは偏向が過ぎるというものだろう。
また、黒田の語りからは、上から目線の愚民観が色濃く感じられた。これが公安に瀰漫しているとすれば、それは危険だと言わざるを得ない。

2025/06/20

ムッシュ・クラタ(山崎豊子)

山崎豊子といえば、読み応えタップリの長編を思い出すが、これは短編・中編集。夫婦関係の無常を描いた作品が多い。

  • ムッシュ・クラタ
    フランスに傾倒する風変わりな新聞社の外信部長が他界して10年。同じ社で女性記者だった「私」が氏の友人4名と妻子に生前の思い出を聞きに行き、過酷な戦時体験や生い立ちにまで遡ってダンディズムのバックボーンを明らかにして行く。
    山崎豊子にとって印象深い人物を書き遺すとともに、彼女の創作活動のあり方を自ら記した、二つの意味での私小説であろう。
  • 晴れ着
    義弟と駆け落ちした女が、病床の義弟のために質入れした晴れ着を借り受け、いそいそ帰ったが…。晴れ着フェチという隠微で淫靡な横糸を味わいたい。
  • へんねし
    大阪の洋傘屋の旦那、女好きで愛人を囲っては早死にしてしまう。そんな愛人達を懇ろに弔い、子供すら引き取って育てる妻の姿に、旦那は薄気味悪さを感じるのだが…。へんねしとは何か、それは読んでのお楽しみ。女ってコワい、というラスト。(サスペンスではないので妻が犯人だったというオチはないです、念のため)
  • 醜男
    美人妻が自慢の醜男のサラリーマン。妻のPTA役員当選をきっかけに夫婦関係が破綻し、ただの金蔓と化す。同情した妻の実家に後妻を紹介されたのだが…。「ただしイケメンに限る」という現実は今も昔も変わらない。

2025/06/13

警視庁情報官 ゴーストマネー(濱嘉之)

警視庁随一の情報マンとして難事件を次々解決してきた黒田警視が、日本の財産を掠め取ろうとする中国・北朝鮮の裏社会と対決する。

3年間もの間海外研修に行っていた黒田。海外の社会動向・捜査技術、そして人脈を培って帰国した。
警察は帰国した黒田にいくつもの密命を下した。

まず、コンビニのATMに偽造クレジットカードを挿し、海外の銀行から多額の現金を詐取した事件の極秘捜査。
手口から日中の反社組織の関与が疑われていたが、警視庁組織犯罪対策部の捜査は捗々しくなかった。このままでは出し子の検挙に終わりかねない状況で、黒田に極秘捜査が下命された。

黒田がこの事件の捜査に取り掛かった矢先に、日本銀行から警察庁に驚愕の一報が飛び込む。
古くなり溶解処分されるはずだった1500億円分の一万円札が、日本で再流通していたことが発覚したという。
警察庁警備局長は黒田を呼び出し、これも秘密裏に全容解明するよう下命。
黒田もどこから手を付けたらよいかと困惑し、日銀本店で副総裁ら関係者と面談する。
そこで防犯カメラの映像などを分析すると、中国と北朝鮮の影が蠢いていた。
最後の密命は、新・情報室の設立だった。
黒田の離任後の情報室の実績は芳しくなく、警察上層部は改革が必要だと認識していた。
黒田の帰国早々、黒田室長と、キャリア・ノンキャリアから選りすぐりの若手情報マン候補からなる総勢100名の新・情報室を設立した。

黒田は、新・情報室の初仕事として、ATM現金詐取と日銀券詐取の捜査に当たっていく。

黒田も一流の情報マンとして、自らオシント(公開情報による情報収集)・シギント(テクノロジーを活用した情報収集)・ヒューミント(協力者からの情報収集)を駆使して事件の核心に迫り、同時に若手を指導していく。

今回も情報室の捜査の様子が数多く語られる。
北朝鮮の情報収集だったり、中国公安の裏をかく戦術だったり、黒田自身の活動も然り。
その一つ一つが興味を引き込まれる。

そして、登場人物が語る様々な情報には、ある程度実際のモデルが想定されていることがうかがえ、その想像も楽しい。(人名から想像できるものもある。鶴→亀など)

坊っちゃん(夏目漱石)

無鉄砲な正義漢坊つちゃんが、東京から旧制中学の数学教師として松山に赴任して始まる痛快ストーリー。

ストレートな人物描写と江戸っ子らしい坊っちゃん自身のナレーションが小気味良い。
夏目漱石の青春小説の中でも特に明るくテンポが良い明治のスカッと系だが、最後は少し物悲しさも。
暗い組織の本質は明治も令和も同じとつくづく身につまされる。

ところで、「マッチ箱みたいな汽車」は、伊予鉄道の路面電車となり、今も松山市内を走っている。
終点では、車掌が手動で方向転換する光景を見られて楽しい。