2015/05/30

大地の子(山崎豊子)


終戦時に中国に取り残された孤児と日本に帰還した父親の数奇な運命を、壮大なスケールで描いた感動作。

ソ連と満州国国境に近い日本人開拓村にいた松本勝男は、1945年8月9日のソ連侵攻で両親と生き別れ、一緒に逃げた妹あつ子ともやがて引き離されてしまう。

実直な養父母に引き取られた勝男は中国人陸一心として育てられ、大学を出て北京鋼鉄公司の技術者として働き出す。しかし、学校では小日本鬼子といじめられ、文化大革命勃発後は日本人であることを理由に職場でも理不尽な弾圧を受け、挙句の果てに収容所に送られる。

実父耕次は引揚後東洋製鉄に勤め、仕事のかたわら生き別れとなった子供の消息を尋ねていた。昭和50年代になって上海の巨大製鉄所建設プロジェクトが始まり、耕次も東洋製鉄から派遣される。

この後の耕次・勝男(一心)・あつ子の運命は読んでのお楽しみ(だが、見当はつくだろう)。

山崎豊子の日中両国の取材の成果が凝縮されている。

昭和恐慌に端を発する事実上の棄民政策がもたらした悲劇の実相は胸に迫るものがある。また、中国に取り残された孤児の運命の多様さも教えられる。テレビで見る中国残留日本人孤児で訪日する人ばかりではない。養父母に虐待されそのまま亡くなった人、自分が日本人であることを知らない人、自ら中国人として生きる道を選んだ人もいる。帰還できたことが幸福とは限らず、2世・3世が怒羅権を結成し、日本が中国国内のマフィアの代理戦争の舞台と化していることは、本作では述べられていないものの周知の事実(マフィア化については警視庁公安部青山望 報復連鎖に詳しい)。

また、上海製鉄所建設を巡る中国の苛烈な政争と腐敗、文化大革命で散々行われた吊るし上げ、収容所の実態など、中国現代史の闇も興味深い。

女系家族(山崎豊子)


本文

代々女系(長女が婿を取って家督を継ぐ)で続いてきた大阪船場の老舗問屋の相続のゴタゴタを、コミカルなタッチで描く。これまで何度もドラマ化されている。

山崎豊子は、初期の大阪船場の商人モノと後期の社会問題や社会現象を題材にしたドロドロ劇が多いのだが、これは両者をミックスしたような作品。

船場の問屋矢島屋の主が病気で早世した。臨終直前に遺言書を番頭に手渡し、人払いまでしてこっそり愛人を呼んで最後の言伝をする。

妻はすでに亡く、実子は娘が三人。出戻りの長女・婿を取って矢島屋を継いでいる次女・まだ学生でのんびりした三女が莫大な遺産の相続者となる。この家系は、代々惣領娘が婿を取って続いてきた女系家族、主ももちろん婿養子で生前肩身の狭い思いをしていた。

葬儀後の親族会議で番頭が遺言書を読み上げ、そのわずかな曖昧さと、初めて明かされる愛人の存在により争続の幕が上がる。

争続は親族内にとどまらず、娘たちに取り入っておこぼれにあずかろうとする者、長年横領を働き遺産からも分捕りを企てる番頭、主の忘れ形見の出産に必死な愛人が入り乱れて壮絶な駆け引きが繰り広げられ、ようやく着地が見えたと思ったら、大どんでん返しで争続の幕が下りる。

争続劇には、人間関係の描写だけではなく、遺言・相続・不動産鑑定の実務がしっかり織り込まれており感心する。

また、毎回不規則発言で紛糾する親族会議に懲り、娘三人の個別撃破でシャンシャン親族会議を狙う作戦に切り替える番頭の姿が、大企業のサラリーマンにも似てどこかユーモラスな哀愁を誘う。

物語は昭和34年の設定で、船場にもビルが増え、ビルの谷間に残された商家という描写がされている。相続後まもなく高度成長が始まり、娘たちや愛人も時代の流れに翻弄されたことだろう。彼女たちも今頃は80代、そろそろ人生を終えるころである。高度成長から平成不況に至る日本の中で、最後に笑ったのは誰か、「その後」の物語に想像を逞しくしてしまう。