2014/12/31

スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー)


哲学者でスタンフォード大学教授 の著者が、自らの「先延ばし癖」を分析・考察し、先延ばし癖の効用や付き合い方をゆるく説く。「自己啓発」のタグをつけたが著者の経験に基づくエッセイに近く、1~2時間でさらっと読める。

まず、先延ばしといっても何もせずに怠けているわけではなく、自分に合った優先順位で物事を片付けているんだからいいじゃないか、オレだってそうだけど世間では働き者って言われてるぜと説く。実はこの第1章は2011年のイグ・ノーベル文学賞を受賞している。

ただし、先延ばしを賞賛しているわけではなく、先延ばしを防ぐ著者なりの方法論をゆるく披露している。完璧主義によって仕事に着手できない事態を防ぐ方法、大きな仕事を細かく分解してToDoリストに載せ、少しずつ消し込みながら達成感を味わう方法、音楽の力を借りてテンションを上げる方法など。いかにも『効率的な仕事術』の類の本にありそうだが、こういう方法が役に立つときは確かにある。

その後、先延ばし癖のメリットに触れており、思い当たる読者にとっては若干の癒しになるだろう。

著者は哲学者だけあって、所々で披露される先延ばしに対する考察は鋭く、頷かされるものがある。例えば、先延ばしの原因は完璧主義、それも依頼を完璧にこなす自分の姿を妄想することだという。現実は妄想のように簡単に完璧を期すことはできないから、そこで妄想が挫折して先延ばしが始まるという。また、先延ばし屋には落ち込みやすい性格に悩む人が多く、先延ばしと落ち込みは互いに助長しあうという。
このような考察に触れ、先延ばし屋とうつ病になりやすい性格の類似に気づかされた。

そういえば、「クリティカルチェーン」でも先延ばし癖を取り上げており、先延ばし癖を「学生症候群」と呼び管理者の目線で解消方法を論じていたように思う。本書は自分目線で先延ばし癖とつきあう方法を説いており、アプローチは違うというより正反対だが。

2014/12/14

警視庁情報官 ハニートラップ(濱嘉之)


警視庁情報室の公安マン黒木警視が活躍するシリーズ第2弾。

中国が仕掛けたハニートラップにまんまと嵌められて防衛機密を漏らしちゃったという最近ありがちな犯罪を警視庁情報室が暴く。

小説としてそれほど面白いストーリーではないが、普通の男が自覚なく嵌められてズブズブと溺れてゆく姿がリアル。それも、一人ではなく二人が。

今回も、世界を股にかける公安捜査の実態や、ハニートラップに嵌まった政治家の例が実在のモデルが明らかに分かるように描かれており、情報として非常に面白い。

2014/12/13

ムッシュ・クラタ(山崎豊子)


山崎豊子といえば、読み応えタップリの長編を思い出すが、これは短編・中編集。夫婦関係の無常を描いた作品が多い。

  • ムッシュ・クラタ
    フランスに傾倒する風変わりな新聞社の外信部長が亡くなって10年。同じ社で女性記者だった「私」が氏の友人4名と妻子に生前の思い出を聞きに行き、過酷な戦時体験や生い立ちにまで遡ってダンディズムのバックボーンを明らかにして行く。
    山崎豊子にとって印象深い人物を書き遺すとともに、彼女の創作活動のあり方を自ら記した、二つの意味での私小説であろう。
  • 晴れ着
    義弟と駆け落ちした女が、病床の義弟のために質入れした晴れ着を借り受け、いそいそ帰ったが…。晴れ着フェチという隠微で淫靡な横糸を味わいたい。
  • へんねし
    大阪の洋傘屋の旦那、女好きで愛人を囲っては早死にしてしまう。そんな愛人達を懇ろに弔い、子供すら引き取って育てる妻の姿に、旦那は薄気味悪さを感じるのだが…。へんねしとは何か、それは読んでのお楽しみ。女ってコワい、というラスト。(サスペンスではないので妻が犯人だったというオチはないです、念のため)
  • 醜男
    美人妻が自慢の醜男のサラリーマン。妻のPTA役員当選をきっかけに夫婦関係が破綻し、ただの金蔓と化す。同情した妻の実家に後妻を紹介されたのだが…。「ただしイケメンに限る」という現実は今も昔も変わらない。

警視庁情報官 シークレット・オフィサー(濱嘉之)


警視庁の超優秀なノンキャリアの公安マンを主人公に据えた、公安モノの警察小説シリーズの第一弾。

原発利権とそれに群がる政治家・宗教団体などの暗躍、それに対峙する公安警察の活躍が描かれている。秀逸なのは、原発に反対する地主を暴力団を使って追い出すシーン。証拠を残さないために暴力団が選んだアナログな手段に微笑。シノギも楽ではない。 また、公安の基本「転び公妨」による被疑者逮捕のシーンもリアルである。

濱嘉之の経歴を見ると、警視庁の公安マンとして活躍したことが伺える。その頃の実体験や見聞を投影させているのだろう。登場する団体や人物には大抵実在のモデルがある(さすがに、警視庁総務部に情報室という秘匿セクションを作った設定はフィクションだと思うが…)。

公安というと左翼を監視するイメージが強いが、現実はそれだけではない。日頃から社会に多くの協力者を作りつつ、一旦背後関係が複雑な事件の端緒をつかめば、協力者を使って陰に陽に捜査を指揮し、政官財、宗教、反社にかかわらず犯罪者を一網打尽にすることが本来のミッションであることがわかる。

それだけに登場人物・団体、背後関係の説明に多くの紙数が割かれ、ラストでももやもやが残りカタルシスがあまり得られない。利権が絡む事件の場合、多くの端緒情報のうち立件され、報道されるものは一部に過ぎないだろうから、これは捜査の現実を表しているのかもしれない。また、膨大な情報には次作以降の伏線も含まれている。

この巻は、シリーズの導入編として、公安警察を知る資料として、そして実在のモデルを想像しながら読むのが面白いだろう。

臨場(横山秀夫)

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内野聖陽主演でドラマ化された小説。

主人公の倉石警視は、 豪放で、一匹狼で、しかも非常に優秀な検視官。終身検視官だの、クライシス・クライシだのと綽名される。
心酔する者は多いが上にとっては扱いにくいタイプの典型である。

倉石はすべてにおいて鋭さが突出した人物として描かれているが、ドラマほど極端なキャラクターではない。
わざわざ捜査会議に出て野菜をかじることはないし、小説の全編にわたって主人公として前面に立って目立つわけでもない。

しかし、その腕と人物によって病死、自殺、他殺を的確に見極め、背後の人間模様まで明らかにする、その様はまさしく鋭利な剃刀を思い起こさせる。

2014/12/12

陰の季節(横山秀夫)

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警察内部の不祥事や県警本部の職務を題材にした、異色の短編推理小説集。
ドラマで取り上げられることが少ない人事・監察・議会対策に携わる県警本部警務部の警察官が奔走する。
全ての話に用意されている大どんでん返しがとても面白く、推理小説として一級。
また、物語の背景として語られる警察組織の内情も非常に興味深い。お薦め。

2014/12/11

あかね空(山本一力)

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京で鍛えた豆腐作りの腕を頼りに江戸に出てきた栄吉と妻おふみ、そして3人の子供たちの家族ストーリー。全編を通して人情に溢れ、泣かせる作品。
直木賞受賞作とのこと、賞のために「泣かせ」に行ったのかもしれないが、相応しいと思う。

《第一部》
栄吉は江戸の深川で豆腐屋を開き、豆腐の好みの違い(江戸は木綿で京都はソフト)に戸惑いながらも努力の甲斐あって次第に受け入れられ、江戸の豆腐業界で確固たるポジションを築いてゆく。
その裏にある下町の人々のさりげない気遣いと、それを知らずに成功を素直に喜びあう栄吉とおふみの姿に泣ける。
冷静に考えるとあまりにも出来すぎた話だが、それを差し引いても人情に胸うたれるものがある。

《第二部》
子供たち3人+次男の嫁が、様々ないきさつですれ違い、対立し、危機を迎え、そして和解する。
親子2代にわたって長い時間をかけてもつれた糸が、ここでも人々の人情を助けにきれいにほどけ、未来を語る最後に何かほっとした。

2014/12/10

良寛(立松和平)

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江戸時代の禅僧良寛の伝記。

子供の頃に読んだ百科事典の影響で、良寛には子供好きで、一日中子供と手まりをついて遊んでいたいい人というイメージが強かったが、若いころに厳しい修行に打ち込み成就してきた宗教者としての太い背骨を持っており、また書道や詩歌に優れる風流人でもあったという。

上巻では、近所の寺に出家して以来ストイックに修行に邁進する良寛が描かれ、張りつめた緊張感がある。良寛が食事や身だしなみの作法を真似ながら学ぶ場面では、仏教における正しい作法が事細かに描かれている。仏教の教えとは、死後の世界と精神論を説くだけではなく、日々の生活をよりよく生きるための具体的な指針を示すものでもあることを教えられる。

下巻になると雰囲気が変わり、父の死をきっかけに視線が自分から衆生に向いた良寛の温かいエピソードが描かれる。子供と遊ぶ一方で、疫病で次々と子供が亡くなっていく。そして老境を迎え兄弟や友人が次々と苦境に陥ったり亡くなるようになり、次第に無常と寂寥を強く感じさせるようになる。作者の立松和平が執筆中に亡くなったため、良寛の最期が描かれることなく突然終わっていることが、その余韻を一層深めている。

 随所に良寛の手になる短歌・俳句・漢詩が散りばめられ、鑑賞するのも一興。

(不勉強な話だが、これまで立松和平はニュースステーションで旅行していた人という認識しかなく、仏教に関する本を多数著している作家だということも本書で初めて知った。)