2014/12/13

臨場(横山秀夫)

内野聖陽主演でドラマ化された小説。

主人公の倉石警視は、 豪放で、一匹狼で、しかも非常に優秀な検視官。終身検視官だの、クライシス・クライシだのと綽名される。
心酔する者は多いが上にとっては扱いにくいタイプの典型である。

倉石はすべてにおいて鋭さが突出した人物として描かれているが、ドラマほど極端なキャラクターではない。
わざわざ捜査会議に出て野菜をかじることはないし、小説の全編にわたって主人公として前面に立って目立つわけでもない。

しかし、その腕と人物によって病死、自殺、他殺を的確に見極め、背後の人間模様まで明らかにする、その様はまさしく鋭利な剃刀を思い起こさせる。

2014/12/12

陰の季節(横山秀夫)

警察内部の不祥事や県警本部の職務を題材にした、異色の短編推理小説集。
ドラマで取り上げられることが少ない人事・監察・議会対策に携わる県警本部警務部の警察官が奔走する。
全ての話に用意されている大どんでん返しがとても面白く、推理小説として一級。
また、物語の背景として語られる警察組織の内情も非常に興味深い。お薦め。

2014/12/11

あかね空(山本一力)

京で鍛えた豆腐作りの腕を頼りに江戸に出てきた栄吉と妻おふみ、そして3人の子供たちの家族ストーリー。全編を通して人情に溢れ、泣かせる作品。
直木賞受賞作とのこと、賞のために「泣かせ」に行ったのかもしれないが、相応しいと思う。

《第一部》
栄吉は江戸の深川で豆腐屋を開き、豆腐の好みの違い(江戸は木綿で京都はソフト)に戸惑いながらも努力の甲斐あって次第に受け入れられ、江戸の豆腐業界で確固たるポジションを築いてゆく。
その裏にある下町の人々のさりげない気遣いと、それを知らずに成功を素直に喜びあう栄吉とおふみの姿に泣ける。
冷静に考えるとあまりにも出来すぎた話だが、それを差し引いても人情に胸うたれるものがある。

《第二部》
子供たち3人+次男の嫁が、様々ないきさつですれ違い、対立し、危機を迎え、そして和解する。
親子2代にわたって長い時間をかけてもつれた糸が、ここでも人々の人情を助けにきれいにほどけ、未来を語る最後に何かほっとした。

2014/12/10

良寛(立松和平)

江戸時代の禅僧良寛の伝記。

子供の頃に読んだ百科事典の影響で、良寛には子供好きで、一日中子供と手まりをついて遊んでいたいい人というイメージが強かったが、若いころに厳しい修行に打ち込み成就してきた宗教者としての太い背骨を持っており、また書道や詩歌に優れる風流人でもあったという。

上巻では、近所の寺に出家して以来ストイックに修行に邁進する良寛が描かれ、張りつめた緊張感がある。良寛が食事や身だしなみの作法を真似ながら学ぶ場面では、仏教における正しい作法が事細かに描かれている。仏教の教えとは、死後の世界と精神論を説くだけではなく、日々の生活をよりよく生きるための具体的な指針を示すものでもあることを教えられる。

下巻になると雰囲気が変わり、父の死をきっかけに視線が自分から衆生に向いた良寛の温かいエピソードが描かれる。子供と遊ぶ一方で、疫病で次々と子供が亡くなっていく。そして老境を迎え兄弟や友人が次々と苦境に陥ったり亡くなるようになり、次第に無常と寂寥を強く感じさせるようになる。作者の立松和平が執筆中に亡くなったため、良寛の最期が描かれることなく突然終わっていることが、その余韻を一層深めている。

 随所に良寛の手になる短歌・俳句・漢詩が散りばめられ、鑑賞するのも一興。

(不勉強な話だが、これまで立松和平はニュースステーションで旅行していた人という認識しかなく、仏教に関する本を多数著している作家だということも本書で初めて知った。)