漱石がイギリスに留学して間もなかった頃、ロンドン塔を見物していた。その光景を、かつてロンドン塔繰り広げられたであろう情景の空想を織り交ぜながら描いた短編。
あらすじ
漱石がロンドンに留学してまもなく、「右も左もわからぬ頃」にロンドン塔を見物した。
ロンドン特有のどんよりとした曇天のもと、テムズ川に佇んでいると、何者かに引っ張られるようにしてロンドン橋を渡りロンドン塔へ入っていった。
漱石はそこでロンドン塔内の一部屋一部屋をつぶさに見て回る。
ときには暗く重苦しい石造りの部屋を見て、ときには石に彫られた囚人の叫びのような文字を見て、漱石はかつてここに幽閉されていた死刑囚や、首斬り職人たちの陰惨な情景の空想にふける。
ロンドン塔見物が終わり、下宿のオヤジと見物について話すが、オヤジの身も蓋もない講釈に興ざめしてしまう。
感想
幻想に呼び起こされた感覚
漱石が倫敦塔に引き寄せられるように向かう様は、すでに灰色の霧に覆われているかのような不気味さを感じさせる。
舞台が倫敦塔内に移り、漱石の眼前に横たわる倫敦塔の光景と、哀しい収容者の空想の往復が繰り返される。そのうち、不気味さはいつしか、何か灰色の霧の中に浮遊しているような感覚に変わっていった。
下宿屋のオヤジの役割
下宿屋のオヤジのネタバレ講釈は興ざめではあるのだが、地元の人というのは、得てしてそのように観光地を冷静に見ているものだ。
世俗的な講釈は、渡航して孤独と不安で浮足立っていた漱石を、ロンドンに根を下ろす生活者に少しだけ変える役割を果たしたように見える。
同時に、漱石とともに暗い現実ともっと暗い空想を往復してきた読者もクールダウンされる。
第二のネタバレ「後書き」
後書きで、言い訳混じりに創作過程を記し、いわば「第二のネタバレ」になっている。彼岸過迄の冒頭にも似たようなくだりがあり、漱石はこれを時々やっているようだ。イギリスの芸術作品がいくつか元ネタとしてあげられており、こういうのは後世の漱石研究者に格好の題材を提供しているのだろう。
後書きをもとに非常に皮肉な言い方をすると、漱石はかすれた昔の記憶と、他の作品からロンドン塔の場面を借りて自分の空想としてツギハギして、この「倫敦塔」を仕立て上げたのだ、ということになってしまうのだが。
こんな人にオススメ
- 漱石の原点ともいえるイギリス留学時代に触れたい
- 歴史的ロマンと空想的な世界観を楽しみたい
- 「孤独」や「異文化での不安」を経験した、または共感する
- 短編小説から純文学に親しみたい

![倫敦塔・幻影(まぼろし)の盾 (新潮文庫 なー1-2 新潮文庫) [ 夏目漱石 ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/0021/9784101010021.jpg?_ex=128x128)


コメント