南満州鉄道総裁だった中村是公が、友人の漱石を満州に招待した。その漱石が旅行の思い出を新聞に連載したエッセイ。
大連をはじめ訪れた都市や農村の様子、内地ではできない経験の数々、袖振りあう人の観察など…、漱石一流の、一歩後ろに引くような、皮肉めいた調子で語られる。
あらすじ
漱石が馬関(下関)から船で大連に渡るところから始まる。乗船した船が、大連到着直前に他の船と接触事故を起こし、波乱の幕開けとなる
満鉄本社のある大連は、満鉄がさまざまな領域で実験的な試みを行っており、建設中で正体不明の「電気公園」なるものを紹介されて訝しんだり、社員に会社のすべてを案内される勢いに引き気味になったりする。
その後、友人で東北大学農学部教授のの橋本左五郎と大連を出発し、旅順・奉天・撫順など、満鉄に乗って満州旅行を続けていく。
旅順では終戦から程ない日露戦争の戦地を巡り、案内ガイドだった元陸軍中尉の戦争の思い出話に耳を傾ける。
長春では一面の畑の真ん中をトロッコで駆け抜け、清朝終末期の農村の雰囲気を満喫する。
営口や奉天では、雑然とした様子に閉口しながら、地元の街のエネルギーに触れるが、漱石には合わなかったようだ。
さて、度々出てくるのが、胃病(胃潰瘍)に苦しむ漱石の姿である。「修善寺の大患」から生還して何年もたつが胃薬を手放せない。胃痛や食欲不振で知人との食事をキャンセルしたり、出かける予定をやめて床に伏せることが多く、日常生活に相当影響が出ていたようだ。
感想
大連では満鉄に歓待されていたことがうかがえる。総裁の中村には、設立間もない満鉄を国内にプロパガンダさせる意図があり、漱石も「満韓ところどころ」を書いてそれに応えたのだろう。
大連での歓待ぶりに対しては、滑稽なトーンで描く一方、現地の独特な臭いへの嫌悪や中国の庶民を突き放したような描き方は表現を含め辛辣だ。たまに出会う英国人にも容赦がない。
これを差別だ、いや差別ではないとときどき考察する人が出てくるようである。しかし、これは新聞連載の文章。日本の新聞を読む可能性があり、人物が特定されている人には一定の配慮をせざるを得なかったというだけのことではないだろうか。

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